新時代の都市施設経営へのチャレンジ  連載その12

新時代の都市施設経営へのチャレンジ  連載その12
                                 小口健蔵

8.未開発の経営資源に着目し、持続的・革新的価値の創造を
最後に、日比谷公園100年記念事業の実践の中で、見えてきたものについて述べる。
先に、公園経営の目的は「社会環境の変化を予想して、公園がもつヒト、モノ、カネ、情報などの経営資源を有効に組み合わせ、環境に適応し、利用者の満足を創出し、市民生活の豊かさに資すること」と規定した。日比谷公園100年記念事業の実践は、この規定に照らして考えてみれば、従来型の公園管理では未開発だった経営資源に着目し、いかに有効に組み合わせるかということに尽きる。
経営資源としての「ヒト」
経営資源としての「ヒト」は、維持や運営に関わる行政職員がまず未開発だということだ。思い出ベンチ事業でいえば、東京都職員自ら「思い出ベンチ」という夢のある商品開発をしたのだ。この商品を多くの人に買っていただくにはどうしたらよいか頭を悩ませた。
これは、大変よい経験であった。顧客満足をどう図るのか、マーケッティング感覚を研ぎ澄ませなければならない。実践的な経営感覚のある職員は、こうしたことを積み重ねる中から育てなければならない。人材開発余地は大いにある。
公園を愛する市民や企業・団体の参加・協力も経営資源として考えることで事業展開の道が大きく開かれる。民間主体の日比谷公園100年記念事業実行委員会はまさにこの実践にほかならない。一過性のイベントだけでなく、恒常的な施設経営に市民や企業とのパートナーシップをどう組み込むかが試されている。
規制緩和も公園経営を左右する
経営資源としての「モノ」は、歴史性、文化性、自然性を備えた公園の空間そのものであり、利用可能な時間も含まれる。公園をイベント空間としての機能で見るならば、まだまだ開発する余地がある。従来は、イベントを許可すること自体を特例としており、公園の価値を高めるイベントの誘致という考えは希薄だった。限られた空間を最大限活用するにはどうしたらよいかさらに研究が必要である。
日比谷公園100年記念事業を実施してみて、改めて日比谷公園の持つネームバリューや100年の歴史を持つブランドイメージともいうべき価値に気づかされた。この価値を経営資源としての「カネ」に転換する術の構築が必要である。
また、民間から持ち込まれた事業の多くが、夕方から夜間にかけての利用を想定したもので占められ、多くの人で賑わった。公園には夜の需要があるのだ。このことに着目し、新しい価値を創造する経営資源として、生かさない手はない。また、経営資源としての「モノ」には、空間を規定する法令やその解釈も含まれると考えたい。日比谷公園100年記念事業では、試行として公園の利用規制の解釈を緩和し、様々な取り組みを実現した。空
間を規定する法令も公園経営を左右するのだ。まだまだ開発の余地がある。
公園経営を支える民間資金の導入
経営資源としての「カネ」は従来の考えでは都の予算だけだ。日比谷公園100年記念事業では、社会貢献の寄付として民間資金を集めた。公園経営を支える民間資金の導入はこうした寄付にとどまらず、前述したように「モノ」としての経営資源を活用し、ビジネス的手法で利益をあげ、それを公園に還元するなど恒常的な資金確保の手法を編み出す必要がある。
ベンチマーキング法を活用して
経営資源としての「情報」は、ノウハウが代表だろう。ニューヨークのセントラルパークの手法など、国内外の先行事例に大いに学ぶ必要があろう。
1990年代米国企業が急速に業績を復活させたのは、日本や欧州の優れた企業の手法をベンチマーキングし経営改善を図ったことが重要な要因となっているという。
「思い出ベンチ」は、ニューヨークのセントラルパークのアドプト・ベンチをベンチマークにして事業を考えた。自分達に前例がないことでも、他所に良い事例があれば、うまく取り入れて業務改善に活用できる。行政分野が学ぶべきベンチマークは海外事例や民間事例など、企画、計画、資材調達、発注方法、プロモートなど経営のあらゆる分野にある。
こう考えると、私達の目の前にある都市施設は経営資源の宝庫であり、事業発展の可能性を秘めている。これは、何も都市公園に限ることではない。行政が管理する都市施設全般にいえることではないだろうか。
この原稿の冒頭に「予算や人員がなければ事業ができないなんて固定観念はぶち破れ」と書いた。社会環境の変化や財政事情から圧倒的な変革が求められている今日、私達の行動規範として染み付いている「前例踏襲」を捨て、未開発の経営資源に着目し、持続的・革新的価値の創造を目指したい。




新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その11

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その11
                              小口健蔵

ニューヨーク・セントラルパークとの市民交流
記念事業のメニューの一つとして、日比谷公園と時を同じくして今年開園150年という節目を迎えるニューヨークセントラルパークとの市民交流事業を実施した。
ニューヨークのセントラルパークは、1970年代、ニューヨーク市が現在の東京都と同様に財政危機に瀕し公園管理に手が回らない状況に陥り、荒廃の一途をたどっていたが、それを市民参加と民間・公共のパートナーシップで見事に克服し、市民の利用を高める質の高い公園管理手法を確立した。この事例を参考に、日比谷公園の将来像を模索しようという試みから実施したものだ。
今から4年前、日比谷公園100年記念に何かしたいと公園に関係する仲間が集まってブレーンストーミングしたことがあった。その時、日比谷公園の都市計画公園名称が「中央公園」であることに着目し、ニューヨークのセントラルパークとの姉妹公園提携をしたらどうだろうかというアイデアが出た。このことが頭にあり、記念事業の目玉にできないかと考えた。
前年の夏にプライベートで打診
私自身、ニューヨークのセントラルパークを訪れたことはなかった。そこで、平成14年の夏、夏季休暇を使いセントラルパークを訪問することにした。セントラルパークについは大阪芸術大学の若生助教授が詳細な紹介を本にしていた。日本造園学会のランドスケープマネジメント研究会で若尾氏と知り合うことができ、氏からセントラルパークの管理をニューヨーク市から任されているNPO法人ニューヨークセントラルパーク管理機構の
方を紹介していただき、出発直前にEメールでアポイントがとれ、訪問願意を伝え、無事訪ねることが出来た。
姉妹交流の可能性について話をしたところ、日比谷公園が100周年を迎える2003年にはニューヨークのセントラルパークが150周年を迎えるというではないか。私の計算では、セントラルパークは、開園して145年のはずである。そのことを確かめると、この地にセントラルパークを建設すると市議会で議決してから150年になるという。議会の議決から、公園の誕生年数を数えるとはさすが民主主義の国アメリカだ。2003年
の6月には「グレートシティ・グレートパーク」をテーマにパークマネジメント、つまり公園経営に関する国際会議をするので是非来るがいいと誘われた。
1970年代、セントラルパークは、ニューヨーク市の財政悪化から悲惨な状況に陥ったという話は聞いていたが案内されたセントラルパークは美しく管理され、ハーレム地区周辺も何の問題もなかった。20年前に、酷い状態にある公園を助けようと立ち上がった人々により作られた二つのNPOが合併し、セントラルパーク管理機構となり、ニューヨーク市との間でパートナーシップを組み、今日の公園経営に大きな力を発揮していること
が如実に分かった。
これをもっと日本の皆に知ってもらおうと記念事業のメニューにセントラルパークとの市民交流事業を企画したのだ。
都民が公園経営を勉強にニューヨークへ
渡米費用は参加者持ちである。実行委員会メンバーを含めた都民がセントラルパーク150周年を祝う「グレートパーク・グレートシティ」第8回都市公園国際会議へ参加しニューヨーク市内の公園やコミュニティガーデンを支える市民と交流をした。会議は6月21日から25日にわたって開催され、12カ国、100都市から400人を超える関係者が集まり、公園経営に関する様々なワークショップが開催された。
参加者のレポートには、「かつてサイレンが止むことなく、犯罪が絶えなかったニューヨークはこの十数年で、驚くほど変貌を遂げている。ホームレスや薬物中毒者の溜まり場となっていた公園やオープンスペースの多くが、ニューヨーク市をはじめ、多くのNPOや住民のネットワークで改修され、安全で快適になった街は従前にも増して、多くの人々が訪れている。また、かつて財政難から放棄されそうになり荒廃したセントラルパークが市民の手で甦ったのは、公園の価値を市民が知り、その価値を正しく評価したからにほかならない。公園の価値を維持するために、管理機構を設け、有力企業や個人から必要な資金と労力を集め、運用する仕組みを作り上げた。ニューヨークでは、都立公園が学ばなければならない取り組みが大いになされている。」と報告されている。
セントラルパーク管理機構の寄付を集めるスキル
ここで、セントラルパーク管理機構が、どうやって市民から寄付を集めているか紹介しよう。35ドルから25,000ドル以上まで年間の寄付金額によって様々な区分の会員資格が与えられ、寄付額に応じた特典を付与している。500ドル以上の寄付会員氏名は年次報告書に記載される。年次報告書には、バランスシートが分かりやすく掲載され、寄付小切手を入れる封筒が閉じこまれており、会員に配られるのだ。封筒には、「わが市のサンクチュアリーであるセントラルパークの維持と保全に助力を!この封筒を使い寄付をセントラルパーク管理機構にお寄せ下さるか、管理機構のウェブサイトをクリックして、クレジットカードによる寄付をお願いします。」と書かれている。欧米には寄付の文化があり、免税措置もしっかりしているので寄付者が多いと聞くが、寄付を集めるスキルも工夫されているのだ。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その10

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その10
                       小口健蔵
「思い出ベンチ」募集大作戦
公園の規制緩和の取り組みに「思い出ベンチ事業」がある。これは、財政難で老朽化したベンチの取替えや新設がままならないことから、ベンチそのものを市民から寄付してもらい整備するものだ。市民に支えられる公園づくりの一つとして実施しているもので、寄付者の名前とメッセージをつづったプレートがついたベンチを「思い出ベンチ」というネーミングで日比谷公園と井の頭恩賜公園でそれぞれ100基づつ募集した。1基20万円と15万円の2種類がある。
これまで、公園施設の寄付については都立公園条例と屋外広告物条例の規定から寄付者名を表示することが出来なかったが、規制緩和により、寄付者名とメッセージ付きプレートをベンチに表示出来ることにしたのだ。
これまでも、都立公園には、民間の寄付による施設の設置は受け入れることはあったが、積極的に寄付を勧誘することはほとんどしてこなかった。
欧米諸国の公園では、寄付者名やメッセージの入ったベンチが置かれており、多くの人がそのベンチを活用している。ニューヨークのセントラルパークでは園内にある4千基のベンチの中、1千基が寄付ベンチである。これにならって、ぜひ都立公園でも実施したいと考えた。
課題が二つあった。一つは、どうやって規制緩和をするかということである。これまでの規則の解釈では、ベンチに付ける寄付者名やメッセージは広告物に当り、表示は許され普段は立ち入り禁止の芝生がピクニック広場にない。法規担当と何回も協議し、なんとか解釈を緩めてプレートを設置できるようにした。
もう一つの課題は、この不景気に15万円、20万円という価格のベンチを寄付してくれる人がいるかということである。皆で募集方法を議論したが、寄付者名が出せるのだからすぐに募集数100基を超えるのではないか、いやいや、この不景気なのに寄付してくれる人などそう簡単にはいないのではないか等々、侃々諤々、楽観論と悲観論が交錯した。
プロモートのための広告費があるわけではない。いかにマスコミに取り上げてもらうかを考えた。日比谷公園100年記念事業のメニューに位置づけ、新しい公園経営の手法として都民に支えられる公園づくりを訴えていこう。また、発行部数450万部で、各家庭に届く「広報 東京都」に大きく載せてもらおう。知事に記者会見で発表してもらえないだろうか。ベンチのイラスト入りパネルを作り、知事にブリーフィングしたところ
OKをいただいた。知事自ら記者会見で、都民に呼びかける効果は大きい。翌朝の新聞各紙にイラスト入りで「都が公園ベンチの寄付を募集」と大きく出た。問い合わせの電話が殺到した。新聞だけではなくテレビ、ラジオ、雑誌などマスコミがいずれも好意的に取り上げてくれ、その度に応募件数が増えていった。
7月に募集を開始してから半年で、日比谷公園と井の頭恩賜公園合わせて150基以上の寄付申し込みがあった。寄付者は、東京を中心とする関東圏からが一番多いが、遠くは大阪や高知からも申し込みがあった。そのほとんどが、一般市民の応募である。金額にすると、総額2700万円以上になる。
100年の歴史を持つ日比谷公園への思いは格別である。「ここで愛を育み、結婚し三五年たちました」「東京に来ました」「若き日の土曜日の午後仕事帰りに友と散歩した思い出の公園」などベンチに刻まれるメッセージは公園と人生が堅く結ばれていることを示している。公園の利用者が「思い出ベンチ」の心温まるメッセージを見て、幸せな気分になってくれたらと願う。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その9

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その9
                            小口健蔵
まったく新しい公園利用
日比谷公園の芝生広場の脇に白いしゃれた多目的パークテントが設えられた。これは、ドイツから輸入したもので、新しい公園の活用方法の実験をするために導入した。このテントは、民間資金で建てたものだ。ここで、様々な催事が行われた。
その一つがウェディングである。これまで、結婚式が特定宗教に関係することから、東京都では都立公園の屋外の結婚式を認めてこなかったが、無宗教の人前結婚式で、一般利用者の迷惑にならない範囲で開放することにした。8月4日全日本ブライダル協会主催で一般公募したカップルによる初めての結婚式が芝生広場で行われた。結婚するカップルがライトアップして登場すると、見物していたOLやサラリーマンから大きな拍手が起きた。全国紙が一面にカラー写真で夏の宵の日比谷公園ウェディングとして取り上げ大変な話題となった。
公園の新しい使い方がニュースになったのだ。
また、パークテントは、ダンヒルによる秋冬ファッションショー、ジェニファーロペスの香水発表会など企業のショーやガーデンパーティ会場にも開放し、好評を博した。これらの使い方は夜が中心で、都心の公園の夜景の美しさや光に照らされたグリーンの素晴らしさに来場者は魅了されている。ショーを開催した企業に聞くと、都心の一等地でショーやパーティが開けるのはサプライズがあり大変な魅力のようだ。
私もパーティに足を運び、参加者から感想を聞いた。幾つかを紹介しよう。ショービジネスコーディネーターの加藤タキさんからは、「素晴らしいロケーションですね。日比谷公園の新しい魅力を発見しました。このところ東京都は新しい試みをずいぶんしてますね。都民の財産である公園をもっと活用して生活を豊かにすることはよいことですね。」Wサッカー元日本代表の井原正巳氏は「公園の周りの高層ビルの明かりと公園のグリーンの対比が素晴らしい。まるでパリやニューヨークにいるようですね。」と感想を語った。こうした声を聞くとあらためて日比谷公園の持っている価値が認識できた。
夜の賑わいの創造
8月6日から8日までは、夏の夜のにぎわいづくりでまったく新しいイベントを開催した。記念事業として募集したイベントに民間企業から提案された一つが、「東京の中心を夏に盛り上げよう」をコンセプトにした日比谷フェスタだ。
光と食の饗宴がテーマで、写真展や流木で作る光のオブジェの設置のほか、有名ホテルやイタリア料理店など各地の有名高級店が超グルメ屋台を出店した。
高級店の料理が千円未満で楽しめるとあって各店舗とも長い行列が出来、大噴水の周りがオープンカフェテラスに変身し、テーブル席は満席。
3日間で5万5千人が来園し、夜11時過ぎまで多くの人で賑わい、3万3千食が完売した。これまで、公園のお祭りといえば、焼きそば、たこ焼きが定番であるが、魅力に乏しかった。日比谷フェスタでは、夜の公園という舞台を使いながら、バラエティに富みおいしい料理をリーズナブルに提供し多くの人を楽しませることができ、公園という資源を使った楽しみの提供のあり方に食の魅力があることを関係者に印象づけることになった。今後さらに継続し、是非、東京の名物イベントに発展させたいものだ。
夢のオープンカフェ
欧米の都市に行くと、街路や公園のオープンカフェで大勢の人がくつろいでいるのをよく見かける。公共空間のあり方として日本でももっと取り入れても良いテーマであると日頃から感じていた。現状では、都立公園内において、レストランやカフェを展開できるのは、上野公園や日比谷公園など歴史のある公園で、民間事業者が入札で営業権を取得したものか、新しいものでは東京都公園協会が収益事業として取り組む飲食事業に限られている。
公園内の飲食事業は、公園の魅力を左右するといっても良い。そこで、公園利用者が喜ぶ、これまでの考えでは出来なかったことを実現しようと記念事業のメニューに「夢のオープンカフェ」を企画し、事業者を募集したのだ。
事業期間が限られる中、コーヒー、カレー、串焼き、クレープなどの5店舗が出店を決め、普段は立ち入りが禁止されている芝生広場でピクニックランチが楽しめるよう、バスケットと洒落たギンガムチェックのレジ
ャーシートを無料で貸し出すというサービスつきのオープンカフェが出現した。
この企画は、オフィス街のOLやサラリーマンに好評で、天気のいい日は、芝生広場が楽しそうな笑顔で埋まるピクニック広場になった。
切磋琢磨がなければ魅力的な場所は作り得ない。このところ、JRの主要ターミナル駅構内の店舗開発には目を見張るものがある。国鉄時代は、法律の制約もあったのだろう。
民営化後は、既得権に安住させず、利用者の少ない店舗は新しい店舗に入れ替え、利用者の利便を高めている。公園内の店舗も同じである。競争原理が働く仕組みを作らなければ都民の貴重な資産は活かせない。
記念事業の取り組みは、都民の貴重な資産である都立公園の活用策について、一石を投じることになった。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その8

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その8
                              小口健蔵

プロモーション大作戦
イベント事業を成功させる鍵は、広報、広聴をどう有効にするかということにある。広告予算は潤沢には取れなかったが、デザインに気を配り、新進気鋭のグラフィックデザイナー達にシンボルマーク、ロゴ、コピーを依頼し、日比谷公園のイメージにあうおしゃれなポスター、チラシを作成した。ポスターは、事業協力を得て、都営地下鉄や営団地下鉄の駅に無料で張り出してもらった。
広告費がない分、パブリシティーに力を入れた。いかにマスコミに取り上げてもらうか作戦を練った。東京都の情報発信力を生かして、プレス発表を活用した。知事に直接記者会見で発表してもらえたことは効果絶大であった。マスコミからの反応が大きかったばかりでなく、担当職員としても知事が応援してくれている事業だと自信が持てたのだ。プレス発表記事を練るのに熱が入った。記者達が取り上げたくなるような言葉や内容、写真を
吟味しニュースソースとした。
日比谷公園の開園日である6月1日を中心に、全国紙2紙の有名コラムが日比谷公園100年をテーマとした。それを皮切りに取材が次々に入った。記念事業のメニューにある新しい公園の利用方法が多くのマスコミに驚かれ、テレビ、ラジオ、新聞が互いに響きあうように日比谷公園100年記念事業を取り上げていき、日本全国にニュースが伝わっていった。
こうなると、記念事業に従事するものには力が入る。マスコミが伝える評判を聞き、さらに良い企画が持ち込まれるという善循環が起こった。
公園を民間主体のイベントに貸す
これまでの都市公園の運営は、他の利用者への迷惑防止や危険、騒音などをさけた静的な利用を前提に考えられてきた。園地をイベントに貸す場合は、一般の公園利用者の利用を妨げないことを大前提とし、例外として許可する制限をしてきた。事実、日比谷公園においても、国や地方公共団体等が主催または後援するものしか許可してこなかった。
今回の記念事業では、この制限を緩和し、100年記念事業にふさわしい日比谷公園ににぎわいをもたらす様々な事業を民間から募ったのだ。そうしたところ、記念コンサート、ガーデニングショー、オープンカフェ、ウェディング・パーティ、ファッションショー、野外劇、高級有名店の創作屋台など新しい公園の使い方の提案が続々と持ち込まれた。その多くに民間ならではの発想が生かされている。都民の貴重な資産である都立公園の活用策について、ワクワクするような大いなる実験が続いた。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その7

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その7
                          小口健蔵

資金集め
今回の「日比谷公園100年記念事業」の最大の特徴は、事業費に対する都の支出がゼロで、資金調達から企画運営まで民間の発想と力により執行している点である。実行委員会の資金として多くの企業から協賛を仰いでいる。正直に言ってこの不況の中、資金集めには苦労した。協力を得るために何日も協賛の候補企業を直接セールスに歩き、事業の必要性を訴え、是非御社の協賛をとお願いし資金を確保した。
当初、資金集めは楽観的に考えていた。日比谷公園の周辺には、日本有数の企業が本社を構えている。多くの社員が昼休みなどに日比谷公園で憩いの時を過ごしている。100年記念事業の目的を訴え、協力を仰げばそれなりの資金は集まるのではないかと考えた。
資金集めのツールとして、一口300万円〜10万円までの協賛金を設定し、特別協賛の300万円は公園内の主要園路に日比谷公園100年の歩みを追いながら歴史を彩った出来事を中心とするビジュアルをサインボードとして掲示することとした。
セールスペーパーを手に日比谷公園周辺企業を回ったが、反応は、はかばかしくはなかった。サインボードを出すことだけで資金を出そうという企業はそう簡単にはなかった。
景気は低迷の底にあり、企業も、各種の協賛金拠出を絞り込んでいたのだ。また、強力なライバルがいた。同年開催の江戸開府400年記念事業でも同じように企業に協賛金の拠出を予定していたのだ。企業側にして見れば様々なところからの要請に戸惑ったことだろう。こんな状況の中ではあったが、実行委員会関連企業、日比谷公園周辺企業、東京都との関係が強い企業、緑の街づくりに関係する企業をターゲットに、社会貢献を粘り強く訴
え折衝して歩いた。
ビジネス的発想による資金獲得も
また、ビジネス的発想による資金獲得の手法も編み出した。具体的には、記念事業メニューとして持ち込まれる企画採用に当っては、実行委員会への協力金の要請をしたのだ。
実行委員会の資金は、シンポジウム、ガーデニングショーなどの主催事業の事業費やポスター、チラシ、WEBサイトなどの広報費、事務局運営費などに充てられる。
持込イベントの事業者に対しては、イベントの事業規模に応じた協力金をお願いした。また、後述するオープンカフェ事業者などからは売り上げ金額に応じて協力金を納入することを企画案の採用条件とした。
その結果、最終的には寄付による協賛金と事業者からの協力金により実行委員会の資金は目標金額の4000万円を超えることが出来た。
事業について、国の関係機関や他の地方自治体の仲間に説明する機会があった。事業スキームとして民間資金のみで事業実施することに「勇気あるなあ」と驚かれた。資金の目処がついていないのに事業実施を発表することなど考えられないというのだ。確かに通常ならば全体費用の3分の1程度はアンカー資金として行政予算を確保して実施するのがこれまでの通例だっただろう。まさに資金集めからして無から有を生み出す作業であった。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その6

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その6
                               小口健蔵
7.発想の転換による事業の展開
民間主体の実行委員会の設立
日比谷公園100年記念事業の新しい公園の賑わい創造に当たっては、行政主導ではなく、民間の主体で、民間の資金を導入して公園のにぎわいを作り出すことが求められた。
そこで、実施主体として商工会議所、観光連盟、商店街連合会、地域の企業代表、環境保全に力を発揮しているNPO、青年会議所、公園整備に関わる業界団体、公園内での営業者など様々な立場の方々の参加で実行委員会を結成したいと考えた。
これまで行政が関わるイベントは、行政と関係する監理団体など公的機関の代表をメンバーで結成することが多かった。公的機関や公園関係の業界にお願いするならことは簡単であるが、商工業者などの民間団体や企業とは日頃付き合いがない。どう各団体や企業にアプローチしたらよいか悩んだ。この時ほど、これまでの公園行政が行政だけでことを進める井の中の蛙であることを痛感したことはなかった。
実行委員長に経済人を
公園を愛する都民・企業が支える公園経営を目指すからには、是非とも実行委員会の代表には経済人になって欲しかった。2003年は江戸開府400年の年でもある。江戸開府400年記念事業の一つとして日比谷公園100年記念事業が立候補していた関係から、江戸開府400年記念事業の事務局である東京商工会議所に相談したところ、実行委員長に淺地正一東京商工会議所副会頭がご就任いただけるとの返事をもらい加勢がついた。
早速ごあいさつに伺い、淺地正一副会頭に事業説明をしたところ、「山口東京商工会議所会頭から日比谷公園100年記念事業をしっかりやって欲しいと言われている。東京商工会議所として大いに応援しますよ。また、地元の商工会議所もメンバーに入ってもらいましょう。」とのお話をいただいた。勇気100倍である。もう、悩んでなんかいられない。
実行委員会を構成しようと想定した団体とアポイントをとり、参加のお願いに歩いた。日比谷公園100年の歴史を説明し、事業への積極的参加をお願いした。各団体の代表からは、それぞれの立場から日比谷公園のあるべき姿やこれからの公園のにぎわい創出への期待が話され、実行委員会参加の快諾をいただいた。
実行委員会で公園経営を議論
事業実施のスケジュールにあわせ、企画内容、実行予算、資金獲得、協賛事業の選別などの検討のために、実行委員会を開催した。実行委員会では、回を重ねるごとに事業企画の内容だけではなく、企画内容を左右する公園の規制についても議論が交わされた。都民や企業がより公園を利用しやすくし公園を活性化する必要性について、それぞれの立場から意見表明がされ、それらが集約され、記念事業のメニューにも反映されていった。こう
したことを通じて、実行委員会のメンバーは、「自分達の共有財産として公園が存在する」という認識を深めえたのではないかと思う。
実行委員会は、日比谷公園100年記念事業のイベントをするためだけの組織ではなく、「これからの日比谷公園の経営」を考える組織でもあったと言える。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その5

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その5                                            小口健蔵

6. 理想を大きく掲げ企画を練る
夢をどう、企画に盛り込むかが勝負である。関係者でプロジェクトチームを作り、企画を練り上げた。通常、イベント企画の作成は、企画会社に委託することが通例だがその金もない。自らの頭で考えなければならない。資金集めの方法、民間事業者に積極的に事業参加してもらう仕組みづくり、新しい公園利用などを企画に盛り込んだ。企画のコンセプトは明確でなくてはならない。都の幹部にも持ち上げ内容がさらにブラッシュアップされていった。
企画(案)は次の通りである。
○日比谷公園100年記念事業企画(案)
(1)事業の概要 事業名称 日比谷公園100年記念事業
開催期間 平成15年4月〜平成16年3月
主 催 日比谷公園100年記念事業実行委員会
(2)実施目的
○近代公園100年の歴史を日比谷公園を愛する人々とともに祝う。
○日比谷公園100年の歩みを振り返りながら、21世紀の都市公園の在り方を考える。
○本事業を通して、東京が切り拓く新時代の公園経営の確立を目指す。

(3)事業の方向性
過去に学び、今を祝い、未来を拓く
日比谷公園100年の歩みを通して歴史・文化・自然資源を発掘する。また、「緑、公園、環境」をテーマに、より多くの都民と交流の輪を広げる。さらに、世界都市・東京、日本を代表する都市公園から21世紀の都市再生をテーマとした花と緑のメッセージを世界に発信する。
都民の力と発想を最大限に活かす
日比谷公園を愛する多くの人々が中心になり、都民、企業、関係諸団体が参加する実行委員会方式を採る。これを契機に日比谷公園をはじめとする都立公園を、より一層魅力あふれるものにしていくために、民間の活力と知恵を結集した仕組みづくりをする。
(4)記念事業メニュー
○事業コンセプト 「公園・都市・未来、そして人」
◆今を祝う ・日比谷公園100年記念パーティ
・NYセントラルパークと日比谷公園提携市民交流
・国際シンポジウム「公園・都市・未来」等の開催
・日比谷公園100年記念コンサート
◆未来を拓く ・花壇コンクール・ガーデニングショー
・日比谷公園・夢のオープンカフェ
・へブンアーティスト・メッセ
・日比谷公園でのウェディング・パーティ
・アドプトベンチ(寄付ベンチ)等の募集・設置
・公園利用アイデアボックス創設
◆過去に学ぶ ・日比谷公園野外ミュージアム
・緑と水の市民カレッジ・日比谷公園学講座
・目で見る東京の公園100年の歩み
・「日比谷公園と私」公募作品展示・発表
◆世界に向けて ・100年記念事業シンボル作成
メッセージを ・記念事業広報ツール
発信 ・オリジナルグッズ作成・販売
・100年記念出版
・冠行事 ほか

新時代の都市施設経営へのチャレンジ 連載その4

                             小口健蔵
3.公園の活性化は知事からの命題でもあった
「公園経営」を深く考えさせられた動機はもう一つあった。それは、石原知事の言葉である。知事には、様々な機会を捉え公園を視察いただいているが都立水元公園や神代植物公園を訪れた印象として、次のように雑誌の取材に答えている。
「東京には実は観光要素というのはたくさんある。僕も知事になって初めて行ったんだけれど、葛飾区にある水元公園。ものすごく立派できれいなの。あれぐらいの規模の公園だったら、外国に見劣りしませんよ。神代植物公園だって、札幌の植物公園なんかより、ずっと立派。美術館だって博物館だって、ダメなものもあるけれど、いいものはいいし、ところがそれを、区も都も宣伝しない。」
知事から、役人は宣伝が下手で、せっかくの良い素材を活かし切っていないと指摘されたのだ。まさに公園経営にもっと努力しろと言っているのだ。

4. 二つの先行プロジェクト
都立公園を所管する出先事業所で積み重ねた経験は、まさに現場を歩き、職員とディスカッションした中で深めていった。
こうした経緯があった中で、本庁に異動することになり、日比谷公園100年記念事業に取り組む機会が与えられた。同時並行で、神代植物公園の活性化イベントの構築も課題であった。
そこで、知事から突きつけられた命題の答えとして、日比谷公園100年記念事業と神代植物公園の活性化イベントをこれからの公園経営を模索する事業として位置づけ取り組むこととした。
予算もない中での取り組みである。通常、予算化されているということは、予算要求段階で事業は庁内のオーソライズが済んでいるものだが、予算化されていない事業に人員を割くことは、事業が認知されなければならない。
仕事の第一歩は、庁内でいかにオーソライズするかである。幸いにして、知事からは公園の活性化の命題をいただいている。そこで、東京都知事本部政策部のメンバーの知恵も借り、コンセプトペーパーを何回も練り直し、先行プロジェクトとして日比谷公園100年記念事業に取り組みたいと庁内を説得し、知事に話を持ち上げた。
二つの先行プロジェクトのテーマは「都立公園のにぎわい創出を都民・企業の力で」とした。新しい時代の都立公園が目指す方向は、都立公園という資源を最大限活用することであり、そのために都民の発想と力を活かし、民間資金の導入による公園の活性化をするのだ。これまでの公園活性化イベントは行政が予算を用意し、行政が考え、行政自らが実施をしてきたが、財政困難な今日それはできない。そこで、公園を愛する人々の意欲や民間からの資金調達をより可能にする民間主体の実行委員会方式でプロジェクトを進める。そして、この経験を生かして、東京が切り拓く新しい時代の公園経営の確立を目指すのだ。
プロジェクトの実施について知事から快諾をいただき、弾みがついた。記念事業の資金は民間企業等の協賛金や事業自体を直接民間企業が実施することを予定している。知事直筆の署名が入った挨拶文を作成し、資金集めや様々な協力を引き出すことに活用することにした。また、毎週金曜日に行われる知事記者会見で、知事自ら新しい公園のにぎわい創出のための二つの先行プロジェクトの実施を発表し、民間事業者に協力を要請したのだ。
まさにトップセールスである。

5. 民間活力の活用と規制緩和の大きな流れ
「公園経営」をキーワードに日比谷公園100年記念事業を様々に展開することに、もう一つ大きな力になったこととして東京都建設局全体で平成14年度から取り組んだ民間活力の活用と規制緩和の動きがある。東京の活力と魅力をたかめていくために、道路、公園、河川などの都市基盤施設をこれまで以上に都民から親しまれ、より便利なものとして有効活用するために、これまでの行政の考えを180度転換し、民間活動をもっと自由かつ活発にするための「規制緩和行動計画」を策定した。これは、行政担当者の視点からの改革にとどまらず、都民の視点に立った改革を推進するために、都庁職員を始め、都民・事業者からも意見・提案を募集し、そのニーズを反映して計画の策定を行ったものだ。
公園についても、様々な提案があった。公園事業に従事している職員からも日頃からこんなことが出来たらという提案が集まった。具体的には、公園内での広告掲示による資金確保や企業等からのベンチの名入寄付の受け入れ、都市のにぎわい創出のための民間イベントの導入、NPO等による公園の愛護活動の積極的受け入れ、スケートボード場など新しい公園施設の民間経営、動物園などでの年間パスポート発行等による利用促進などである。
日比谷公園100年記念事業もこうした民間活力の活用と規制緩和の大きな流れの中に位置づけさらに促進する機会にしたいと考えた。

新時代の都市施設経営へのチャレンジ  連載その3

新時代の都市施設経営へのチャレンジ −日比谷公園100年記念事業の実践から− 連載その3                         小口健蔵

公園経営の概念規定
職員にこれからは「公園経営」が大事だと言っても、具体的イメージで伝えなければ浸透していかない。そこで、自分なりに公園経営を次のように概念規定した。『公園経営=社会環境の変化を予想して、公園がもつヒト、モノ、カネ、情報などの経営資源を有効に組み合わせ、環境に適応し、利用者の満足を創出し、市民生活の豊かさに資すること』そして、東部公園緑地事務所に求められる公園経営の基本課題・重点課題及び取り組み項目として次のように整理した。
(1)基本課題
@東京の活性化に寄与する公園経営の推進
・最小の経費で最大の効果を上げる
・都立公園のストックを東京の活性化のために最大限に活用する
・これまでの規制を見直し、財源確保等の公園活性化に資する取り組みを行う
A都市再生を目指した防災と環境に寄与する公園緑地の重点的・効果的整備の推進
・必要性、事業効果の観点から事業の重点化を図る
・道路、河川、都市整備等の関連事業との連携
・都民とともにつくる公園整備
重点課題
@財源の確保・拡充
A都市再生を担う大規模防災公園の重点的・計画的な整備
B都市環境保全に寄与する公園緑地づくり
C東京の観光資源としての文化財庭園や大規模公園の魅力アップと活性化
D安全で快適な公園づくり
Eレクリエーションと癒しの場としての公園づくりの推進
F都民参加の公園づくり
(3)取り組み項目
@経営目的の明確化、経営目標の設定、優先順位設定
Aレクリエーション、防災、環境保全の場としての公園の役割の明確化
B運営計画、経営計画の作成と実行ができる組織づくり
C戦略的計画、プログラム開発
D新たな財源の確保と拡充
E危機管理
F人員配置、職員の士気と動機付け
G公園利活用の活性化を阻害する要因の把握、阻害要因の除去
H利用者のニーズを知るためのマーケティング
I公園が提供する各種の利用者サービスのあり方の再検討
J公園にかかわる職員の意識改革
K公園経営が出来る人材の育成
L広報活動や情報サービス活動の重視
この中で、新たな財源確保と拡充についての詳細項目としては、さらに次のようなことを考えた。
○一般財源確保
○国費の積極的導入
○徹底的なコスト縮減
○役割が終わった施設の休止によるコストカット、他の施設への転換
○多様な資金による公園整備
・民間からの寄付
・管理許可・設置許可などを活用した民間主体からの投資受け入れ
・広告規制緩和による企業協賛導入
○維持管理への都民ボランティア参加による維持管理経費の縮減
○適切な受益者負担の導入
○市場価格を反映した使用料、入園料の設定
○有料施設の入園者増大による収入確保
○スポーツ施設の稼働率向上による収入確保
○確保した歳入分の支出への転用
私自身、20数年の行政経験の中で、財源の確保といったら、都の予算、国の予算をいかに獲得するかということしか頭になかった。「公園経営」というキーワードで公園に関係する財政面での事象を考えて見ると、様々な取り組みの可能性があるのだ。
東部公園緑地事務所としては、次のような具体的取組を進めた。管内の公園で東京都公園協会に管理委託している公園や庭園の維持・運営については、協会が大いに努力した。
具体的取り組み事例
@都立公園、庭園の集客アップ
・夜間、正月開園
・夕涼み客への飲食サービス
・桜や紅葉のライトアップ
・庭園ガイドボランティア
・旧岩崎邸庭園開設PR作戦
A税以外による経費捻出・収入確保
・旧緑の相談所事業の一部を緑
と水の市民カレッジへの移行
(受益者負担化)
・上野公園緑の相談所廃止跡地を公園レストランに転換
・上野公園案内所運営を東京都公園協会の公益事業で代替
・日比谷公園の花壇の企業・団体負担の参加公募
・上野公園不忍池浄化実験への企業負担による参加公募
・尾久の原公園のシダレザクラの里親制度創設による樹木寄付の受け入れ
・駐車場の有料化促進
B葛西臨海公園への大観覧車の設置許可と公園活性化協議会の取り組み
・公園内各経営主体と民間事業者を一同に集めて、公園活性化を推進
・大観覧車営業開始を契機に、公園に係る営業主体どうしでの共通割引制度導入
・共通ワッペンの着用等
C東京ロケーションボックスへの参加 映画ロケの誘致

新時代の都市施設経営へのチャレンジ  連載その2

新時代の都市施設経営へのチャレンジ −日比谷公園100年記念事業の実践から− 連載その2                           小口健蔵
2. 新しい言葉「公園経営」を組織目標に
「公園経営」をキーワードに日比谷公園100年記念事業を展開したいと考えたことには、それに至る前史があった。
「公園を経営する」という思想が欠如していないか
私自身、長らく現場で公園整備の技術者としての仕事に従事してきた。その主な仕事は、緑の東京の実現のために公園整備予算を獲得し、計画的に公園緑地の整備することにあった。
東京都の場合、公園関係の技術者である造園職は、主に公園の整備や維持管理の技術的分野を業務範囲として、計画、設計、工事、維持の各分野のスキルを総合的に身につけるようジョブ・ローテーションなどの人事管理がなされている。いわゆる公園の法律上の管理や運営管理は事務職の業務範囲とされており、造園職が運営管理に従事する機会は少ない。
平成11年から13年まで、東京23区内の都立公園の整備と管理を所管する出先事業所である東部公園緑地事務所の工事課長として仕事に従事した。所管する公園は44ヵ所、管理総面積は、909haに及ぶ。管内の公園を隈なく歩いて考えさせられた。立派な陸上競技場やキャンプ場などを作っても、運営担当者は完成後の稼働率について余り気にも留めない。もっと使ってもらおうという積極的な営業はない。もっぱら窓口で予約が来るのを待つだけなのだ。「公園を経営する」という思想が欠如しているのではないかと思った。
博物館と公園の類似
UCCコーヒー博物館館長を長らく勤められた諸岡博熊氏は日本の博物館に関し、「博物館経営学」の教科書の中で次のように指摘している。『日本の博物館はいわゆる博物館法でいう「教育的配慮の下」に運営されているところが多く、堅苦しい雰囲気の中で人々をある一定の枠に追い込み、知識の詰め込みを図っている。学芸員は研究者としてのプライドが強く、利用者へのサービス精神を欠いている。博物館を企画・運営するプロデューサーが育っていない。施設建設には大きな予算をかけるが運営には少ない予算しか投入しないために、モノの管理に力点がおかれ、利用者へのサービスが不在になっている。ところが、利用者の側は、より知的好奇心を満たしてくれる魅力ある博物館の誕生を期待している。要するに、日本では現在、博物館に対する各種の期待が集まっているのにもかかわらず「博物館を経営する」という思想が欠落しているために、利用者や地域社会の側の博物館に対する多様なニーズや期待に応えることが出来ない状態であるといえる。』
この記述の「博物館」を「公園」に置き換えたらどうだろうか。これまでの公園管理は、全体的に見て公物管理に力点がおかれ、利用者サービスが不在になっているのではないかという日頃の疑問への答えが提起されていると感じた。ことに、『「博物館を経営する」という思想が欠如している』というフレーズには釘付けになった。
「公園経営」を組織目標のキーワードに
今から4年前、「公園経営」という言葉は、世の中では使われていなかった。利用者サービスの向上などは、「公園の運営管理の充実」という言葉で表現していた。「博物館を経営する」というフレーズに触発され、「公園を経営する=公園経営」という言葉で、これまで出来なかったり手薄だった取り組みを表現したらどうだろうかと考えた。これには、二つの理由があった。前述したように、一つには、909haの都立公園のストックが本当に都民に役立っているのか、もっと都民に役立てる方法はないかを考え、実践するためであ
る。もう一つは、東京都の財政状況である。この年までの3年間で管理費の3割削減や投資的経費の前年度比4割削減など財政再建の嵐に巻き込まれていた。公園整備費や改修費の減は、老朽施設の改修が困難になり、新たな魅力的な施設づくりの投資もできない。そればかりか維持管理費の減により、これまでの管理水準のレベルを落とさなければならない。トイレや園地の清掃や草刈の回数を減らさざるを得ず、茂りすぎた樹木の枝おろしの頻度も少なくなり、公園の命である快適性や安全性の確保が難しくなった。木製の遊具やベンチは腐っても取替えができず、撤去するような状況にもなってきている。一言で言えば「経済がマイナス成長や低成長に喘ぐ時代における公園行政のあり方」や「新たな視点、発想のもと公園財源の確保、拡充」の検討がどうしても必要だったのだ。
そこで、所属する組織の目標にこの「公園経営」を掲げ、職員の意識改革を強力に進め新しい事業展開が出来ないかと思案した。東部公園緑地事務所では、都の出先事業所の一つとして「目標による管理」のため、年度が改まるたびに組織目標を見直し、事務所職員全員が共有する目標を設定していた。13年度の組織目標を検討する課長会で「公園経営」という言葉を使いこれからの公園のあり方を打ち出すべきではないかと提案し、熱い議論を交わした。そして、1年間の組織目標に「公園経営」をあげ、正式に決めた。「東京の活性化に寄与する新しい公園経営の推進」これが基本目標になった。
これは、公園行政の画期的な方向転換であり、意識改革でもあった。これまで、公園は管理することが第一義であり、あえて言うならば利用者を呼ぶ、増やすことはほとんど念頭になかった。「経営」という考えは、住民福祉を目的とする行政にはなじまないと考えられていた。やすらぎや憩いを生産する公園行政といえども収入を増やし、利用者一人当たりの経費の低下を図る努力は必要なのだ。公園経営を組織目標にするということは言葉でいうほど簡単ではない。「管理」だけなら職員は待ちの姿勢で仕事ができる。しかし、経営ということになれば、積極的に公園のにぎわいをつくりださなければならない。収入を増やし、コストダウンを図らなければならないのだ。端的にいえば、公園の景色をよくし、イベントを実施して、面白く楽しい場所にして、大勢の人に来てお金を落としてもらわなければならない。待ちの姿勢ではできない。攻めに転じてこそできることだ。
組織目標である「公園経営の推進」の概念自体その時はまだ、スローガンの域を出ていなかったが概念規定をし具体的事例を積み重ねる作業を進めた。
「経営のしくみづくり」「新たに求められるノウハウの確立」「税以外の資金調達」「ボランティア参加による経費節減」「公園経営への人材シフト」「パークマーケティング」「公物管理から公園経営へ」「利用者満足度」等々キーワードがいくつも浮かんだ。

次につづく

新時代の都市施設経営へのチャレンジ −日比谷公園100年記念事業の実践から− 連載その1

新時代の都市施設経営へのチャレンジ −日比谷公園100年記念事業の実践から− 連載その1

2004年に東京都職員研修所から東京都の職員研修のライブラリーとして執筆するように依頼された私の公園経営論ともいうべき論文を連載します。10年前に書いたものですが、公園経営の基本には変わりがありません。

 小 口 健 蔵(執筆当時の肩書 東京都建設局公園緑地部公園建設課長)
1. 予算や人員がなければ事業ができないなんて固定観念はぶち破れ
私は、昭和48年に東京都に造園職として就職し、多摩ニュータウンの街づくりや下町台東区の公園づくりなど緑の街づくりにかかわる仕事をしてきた。現在は都立公園全体の整備と管理の仕事に従事している。
新しい時代の公園経営を切り拓くという夢
平成15年(2003年)は、私ども公園づくりに従事するものにとって、エポックメーキングな年であった。日本初の近代洋風公園である日比谷公園が開園して丁度100年目に当たるからだ。
平成14年7月、現在のポストに異動して、前任者から引き継いだ課題の一つに、この日比谷公園開園100周年を記念した事業の開催があった。
事業といっても、そのための予算及び人員配置がされているわけではない。
都庁では、財政事情から周年事業に予算は一切つかなくなり、イベントはご法度であった。
予算も人員配置もなく、都庁内における事業実施の認知もない中で何とかして先人達が苦労して構築した近代都市公園100年の歴史を、都民と共に祝い、これから先の100年を展望する機会を作りたいと考えた。
そこで、ただ開園100年のお祝いをするのではなく、課題を「まったく新しい考えによる公園の賑わい創出」とし、新しい時代の公園経営を追求する機会とすること、つまり「公園経営」をキーワードに目標を設定した。
しかし、資金も時間もなく、勝算も見えない。ただし、これからの新しい公園経営の構築という大きな夢はある。
財政難だと萎縮するのはやめよう。大変だけどやりがいのある仕事へ転換を!
このところの財政事情からどこの職場も事業費の切り詰めによって、これまで営々と築いてきた仕事が立ち行かなくなっている。日本が右肩上がりの経済基調にある時ならば、多少不景気になっても、じっと堪えていればそのうち景気が回復し、事業拡大が出来た。しかし、そんな時代はもう来ないと考えた方が良いだろう。ここで幾ら息を潜めて財政危機という嵐が過ぎるのを待っていても、止むことはない。少子高齢化のさらなる進展の中、もっとひどい暴風雨が来る可能性もあるのだ。事業が立ち行かなくなったことで、気持ちまで萎縮するのはやめよう。危機は新たなビジネスチャンスだと開き直る位の気持ちが大事だ。自分のやりたい仕事は何なのかをもう一度振り返ってみて、大変だけどやりがいのある仕事に変えていくことが重要ではないか。
以下の記述は、そんな気持ちで取り組んだ日比谷公園100年記念事業の実践の記録である。果たして、これが起業家精神としての取り組みかと言われると自信はないが、「起業家精神=いかなる環境条件のなかでも、自らの能力と可能性を最大限に発揮して道を切り開いていこうとする姿勢。あらゆる問題を前向きに受け止め、改善向上の機会とする。さらに自己責任で考え、自分ができることから取り組んでいく。その目的は社会や他人に価値・感動を提供することである」とするならば、些かでもその志に基づき行動したとは言える。
この記録が、困難なことにも臆することなく果敢にチャレンジしていく仲間を増やし、様々な組織の風土改革へのエールになれば幸いである。

次回につづく